好き、嫌いは否めない

日記に嘘を混ぜ込んで、ショートショートを書いています。

勝手にしやがれ(ショートショート)

経年変化という魔法の言葉にからきし弱く丈夫なカウハイドか、独特の光沢を放つホースハイドか、柔らかくエレガントなシープスキンか、それぞれに袖を通し、サイズはジャストか、ワンサイズ上か、鞣しの種類は赫赫然然、鏡の前で二時間ほど迷いに迷ってホースハイドを選んだ。革ジャンの話である。

 

「こちらの商品に限った事ではないのですが、世界事情の関係で入荷が未定となっております。それでもご注文されますか?」

 

もうこちらは買う気になっているというのに、なんて殿様商売、否、英国物だから王様商売か、予約を入れて首を長くして待つよ。

 

なにせ一生モノだからな。

世界に一つだけのエイジングを楽しむ。

棺桶に入るまでパンクに生きるのさ。

それから私は革ジャンにあうブーツを探し、それもいい塩梅にエイジングされ、いよいよ革ジャンがくる日を待っていた。

 

思えばあの日も雪が降っていた。仙台まで足を伸ばし契約書にサインした、あの日だ。

それから月日は流れ、私は定年を迎え、子供は巣立ち、いよいよ革ジャンを着れる年でもなくなってしまったのだけれど。

 

ねぇ君、雪が降っているよ。

 

「嗚呼、間に合った?じゃあこれを死装束の上から掛けてあげて。」

「お気持ちは分かりますが奥様、金属の入った衣類は火葬場には持ち込めません。」

「待ち望んでいた革ジャンの袖を一度も通さずに逝ってしまうだなんて。なんてパンクな人なの。ももクロしか聞かないくせに。」

「ねぇ、お母さん。パンクって何?」

「分からない。パンクは生き様だって。」

「じゃあ、これを遺影にしようよ。きっとお父さんも喜ぶと思うよ。」

 

スマートフォンを私に向け、パシャパシャと写真を撮っている我が家族。

それを俯瞰で眺める私。まさに勝手にしやがれ、だな。

 

みんな元気でいてくれよ。私の事は忘れても革ジャンの事は忘れないでおくれ。

ヤフオク出品すればプレミアがつくから。

そして、どうかアプリで頭巾だけは上手く外してくれよ。

 

というか革ジャン似合わないな、俺。