好き、嫌いは否めない

日記に嘘を混ぜ込んで、ショートショートを書いています。

12月19日、黒縁メガネから見える夢(1)

メガネの〇〇です。お預かりしていましたメガネの修理が完了しましたのでご都合の良い日にご来店いただければ幸いです。」女性店員はテンプレートをなぞる様に慣れた口調で早口に話した。

 

 

その電話があって3日が経った。

 

風邪をこじらせ、随分と仕事を休んでしまった。それでもまだ本調子には程遠い。

例えるならばバッテリーがへたったPCの様だ。起動してもすぐに堕ちてしまう。

何の前触れもなく。シャットダウン。

 

もとい、再起動。ジャーン♪

 

寝間着を脱いで冷たい水で顔を洗い、伸ばしっぱなしの髭をT字剃刀で剃っていく。これだけでも、少しだけ背筋が伸びる気がした。うん、もう大丈夫。病は気から。

予備のメガネをかけ鏡に映る自分を見る。

自分が自分でない様な気がした。ここ数週間寝込んで十ほど歳をとったかの様だった。

 

そのメガネ屋は某ショッピングモールの最上階にある。

999.9フォーナインズ)というメーカーを取り扱っているのは市内では此処だけになる。

黒縁の、プラスティックフレームの、モテキ森山未來がつけていたそれ、そのものである。

テンプル(つるの部分)のプラスティックがくすんでしまい、店で数回ほど磨いてもらったのだがくすみはは取れず、新しいメガネを買おうとも思ったのだが、ことごとく似合わないものばかり。

 

「それでしたら・・・フロントフレームはそのままご使用頂いて、テンプルだけ交換というのはいかがでしょう。もちろんメーカーに在庫があればの話ですが」女性店員は言った。

それで購入金額の半額でテンプルの交換をお願いしたのだ。

 

 

ショッピングモール内はどこもクリスマス装飾で溢れかえり、BGMはサイレントナイトやら、山下達郎のオケやら、稲垣潤一のオケやら、ワムのラストクリスマスに至っては振られている曲だからね、と思いながら最上段へとエスカレーターを上っていった。

ガラス窓からどんよりとした曇り空が見える。

ふと、下の階を覗き込むとおもちゃコーナーが平日にもかかわらず親子連れで賑わっている。

小さい子供。可愛くて仕方がないお母さん。

 

Last Christmas 

I give you my heart 

But the very next day you’ve it away.

 

何だか、僕だけ世界から取り残されてしまったかの様な錯覚に陥る。(錯覚であれば、の話だが)

 

そのメガネ屋に着くと、クリスマスとは無縁の人たち(老眼鏡を購入しているお婆さんや、そのお婆さんに来年の店舗移転のお知らせを大きな声で何回も復唱している男性店員や、視力測定器に自ら目を当て、入念に点検をし、そのチェック項目を指さし確認するかの様にブツブツ、ブツブツ、と独り言が漏れてしまうオールバックの店長、定年まであと数年)がいて、少しだけ安堵した。そして電話をしてきた女性店員だろうか、カツカツとヒールを鳴らして僕の方に歩み寄り「お待ちしてました。どうぞ此方へおかけください」と例の口調で言った。僕は今かけている予備のメガネが別のお店で買った安価な物をかけている事に気付いたが、女性店員は気付いただろうか。気付いても言わないだけなのだろうか。

 

椅子に腰掛け、三面鏡でメガネの仕上がりを見てもらった。

「少々お待ちください。」そう言うと女性店員は僕からメガネを外し、耳にかける部分の角度を微調整した。

何もする事がない僕は三面鏡に映る自分を見た。自分には表情というものが欠落している様な気がした。

「これでいかがでしょう、痛い所はありませんか?」

女性店員にメガネを合わせてもらい、欠落していた表情を取り戻した気もした。

僕は、辛うじてメガネで自分という記号を作っている、とも思った。

支払いを済ませ、来年のカレンダーと先ほどお婆さんに説明していた店舗移転の話を聞いて店を後にした。

 

エスカレーターを降り、クリスマスをやり過ごし駐車場に出た。

ショッピングモールの出入り口隣で行列ができていた。年末ジャンボ宝くじの其れである。

当たるわけがない、いつもそう思って買わないのだがある手作りの看板を目にする。

 

「一粒万倍日 & 大安の縁起が良い日。年末ジャンボ宝くじを買うなら今!」

 

夢を買うのも悪くないかな。ノリで、そう思って行列の最後尾に並んだ。

財布には2万入っていた。全部突っ込むのも悪く無い。

 

並んでおいて何だけど、夢って何だろう。僕の夢は(前後賞合わせて)10億なのかな。

10億と言わず前後賞の1億5000万が当たったら・・・僕は幸せなのかな。

 

30万もしたミラーレス一眼レフは買って満足してしまった。動画も撮るから4Kは必須とスペックに拘った。今は埃を被っていると思う。

愛車はどうだ。試乗して一発で気に入り、何ヶ月も待って抽選を勝ち取り、手に入れて2年がたつが1万キロも乗っていないではないか。

手に入れた途端に興味がなくなるな気がしている。あるのは虚しさだけ。

 

じゃあ、何を持って幸せと言うのだろうか。自分に問う。

妻が嫌いなわけじゃない。子供が可愛くないわけじゃない。仕事が嫌いなわけじゃない。

不満があるわけじゃない。外から見たら幸せに見えているのかもしれない。

 

でも、僕の心はいつも空っぽで何もない。何もないのだ。あるのは虚しさだけ。あとは黒縁のメガネだけ。それだけ。

 

そんな事を考えていたら、あっという間に宝くじ売り場に着いた。

何枚買うかも決めていなかったので「連番、ひと組」と3,000円分を買った。

 

夢を買ったのだ。虚しい夢を。

 

先ほどの見えていた曇り空は高く晴れて、それは今の僕には切なすぎた。

何だか全てがどうでも良くなった。

 

その足で中華料理屋に入り、油ギトギト、コテコテのエビチリ定食をご飯大盛りでガッツリ食べた。食べてやった。

血糖値がなんだって言うんだ。クソ喰らえ、だ。

お腹は満たされた。しかし心はどうだ。変わらない。空っぽで何もない。あるのは虚しさだけ。

 

そのまま家に帰りたくない気分だった。いく当てもなく、只、車を走らせた。

此処から出来るだけ遠くに行きたかった。此処が何処かも分からないのに。

カーラジオからワムのラストクリスマスが流れてくる。

 

Last Christmas 

I give you my heart 

But the very next day you’ve it away.

 

 

 

(続、けるのか?終わった方がいいと思うが)