好き、嫌いは否めない

日記に嘘を混ぜ込んで、ショートショートを書いています。

少女は卒業しない

ドラマ『不適切にも程がある』終わっちゃいましたね。

クドカン脚本で期待しすぎたかもしれないなぁ。まぁ、最後まで見ましたけど。

 

このドラマの主人公一朗の娘、純子役の河合優実が気になって、なんとなくサブスクで検索をしたら去年の映画『少女は卒業しない』がたまたまヒットし、なんとなく鑑賞しました。

 

四人の女子高生の、卒業式前日から当日の、嬉しいだけじゃない、寂しいだけじゃない、切ないだけじゃない、そんな説明できない気持ちの揺らぎを4つの物語として描いていて素晴らしかった。河合優実も綺麗だった。彼氏(窪塚くんの息子さんだ、めちゃくちゃ窪塚してる)と誰もいない家庭科の教室(かな?)で作ってきたお弁当一緒に食べて、とか眩しすぎたわ。

(まぁ、それがオセロのように反転するのだけれど)

 

最近、ずっと体調が悪くて、メンタルがやられています。

年を取ったのもあります。このままずっと具合が悪いままなのかな、そう思うと時々ぺしゃんこになってしまうのです。夕方、跨道橋の上からバイパスを流れる車のヘッドライトを眺めて、このまま落ちれば楽になれるのかな、なんて日が暮れるまで見ていて動けなくなってしまいました。仕事もやめました。

 

医者にはただお休みしなさいと言われました。

でも何も考えない事は難しいです。仕事は続けられなかったのか、これから社会復帰できるのだろうか、今でも時々悔やむ時があります。それは意識的にせよ無意識的にせよ、ストレスフルな状態です。ストレスでこんなに体が疲れ果ててしまうのか、と何年か前にうつ病になった時と比較しても随分種類が違う疲れ方だな、と冷静な自分もいます。

 

だからこの映画を見て、残された方は卒業できないよなってタイトルの回収も納得でした。

泣きながらエンドロールを見ていたら、驚いた。・・・原作、浅井リョウ。

 

・・・マジか。最近『正欲』見たばかりではないか。最近ご縁があるな。

このお暇を頂いた機会に原作も読んでみようかな。

 

 

 

12月19日、黒縁メガネから見える夢(1)

メガネの〇〇です。お預かりしていましたメガネの修理が完了しましたのでご都合の良い日にご来店いただければ幸いです。」女性店員はテンプレートをなぞる様に慣れた口調で早口に話した。

 

 

その電話があって3日が経った。

 

風邪をこじらせ、随分と仕事を休んでしまった。それでもまだ本調子には程遠い。

例えるならばバッテリーがへたったPCの様だ。起動してもすぐに堕ちてしまう。

何の前触れもなく。シャットダウン。

 

もとい、再起動。ジャーン♪

 

寝間着を脱いで冷たい水で顔を洗い、伸ばしっぱなしの髭をT字剃刀で剃っていく。これだけでも、少しだけ背筋が伸びる気がした。うん、もう大丈夫。病は気から。

予備のメガネをかけ鏡に映る自分を見る。

自分が自分でない様な気がした。ここ数週間寝込んで十ほど歳をとったかの様だった。

 

そのメガネ屋は某ショッピングモールの最上階にある。

999.9フォーナインズ)というメーカーを取り扱っているのは市内では此処だけになる。

黒縁の、プラスティックフレームの、モテキ森山未來がつけていたそれ、そのものである。

テンプル(つるの部分)のプラスティックがくすんでしまい、店で数回ほど磨いてもらったのだがくすみはは取れず、新しいメガネを買おうとも思ったのだが、ことごとく似合わないものばかり。

 

「それでしたら・・・フロントフレームはそのままご使用頂いて、テンプルだけ交換というのはいかがでしょう。もちろんメーカーに在庫があればの話ですが」女性店員は言った。

それで購入金額の半額でテンプルの交換をお願いしたのだ。

 

 

ショッピングモール内はどこもクリスマス装飾で溢れかえり、BGMはサイレントナイトやら、山下達郎のオケやら、稲垣潤一のオケやら、ワムのラストクリスマスに至っては振られている曲だからね、と思いながら最上段へとエスカレーターを上っていった。

ガラス窓からどんよりとした曇り空が見える。

ふと、下の階を覗き込むとおもちゃコーナーが平日にもかかわらず親子連れで賑わっている。

小さい子供。可愛くて仕方がないお母さん。

 

Last Christmas 

I give you my heart 

But the very next day you’ve it away.

 

何だか、僕だけ世界から取り残されてしまったかの様な錯覚に陥る。(錯覚であれば、の話だが)

 

そのメガネ屋に着くと、クリスマスとは無縁の人たち(老眼鏡を購入しているお婆さんや、そのお婆さんに来年の店舗移転のお知らせを大きな声で何回も復唱している男性店員や、視力測定器に自ら目を当て、入念に点検をし、そのチェック項目を指さし確認するかの様にブツブツ、ブツブツ、と独り言が漏れてしまうオールバックの店長、定年まであと数年)がいて、少しだけ安堵した。そして電話をしてきた女性店員だろうか、カツカツとヒールを鳴らして僕の方に歩み寄り「お待ちしてました。どうぞ此方へおかけください」と例の口調で言った。僕は今かけている予備のメガネが別のお店で買った安価な物をかけている事に気付いたが、女性店員は気付いただろうか。気付いても言わないだけなのだろうか。

 

椅子に腰掛け、三面鏡でメガネの仕上がりを見てもらった。

「少々お待ちください。」そう言うと女性店員は僕からメガネを外し、耳にかける部分の角度を微調整した。

何もする事がない僕は三面鏡に映る自分を見た。自分には表情というものが欠落している様な気がした。

「これでいかがでしょう、痛い所はありませんか?」

女性店員にメガネを合わせてもらい、欠落していた表情を取り戻した気もした。

僕は、辛うじてメガネで自分という記号を作っている、とも思った。

支払いを済ませ、来年のカレンダーと先ほどお婆さんに説明していた店舗移転の話を聞いて店を後にした。

 

エスカレーターを降り、クリスマスをやり過ごし駐車場に出た。

ショッピングモールの出入り口隣で行列ができていた。年末ジャンボ宝くじの其れである。

当たるわけがない、いつもそう思って買わないのだがある手作りの看板を目にする。

 

「一粒万倍日 & 大安の縁起が良い日。年末ジャンボ宝くじを買うなら今!」

 

夢を買うのも悪くないかな。ノリで、そう思って行列の最後尾に並んだ。

財布には2万入っていた。全部突っ込むのも悪く無い。

 

並んでおいて何だけど、夢って何だろう。僕の夢は(前後賞合わせて)10億なのかな。

10億と言わず前後賞の1億5000万が当たったら・・・僕は幸せなのかな。

 

30万もしたミラーレス一眼レフは買って満足してしまった。動画も撮るから4Kは必須とスペックに拘った。今は埃を被っていると思う。

愛車はどうだ。試乗して一発で気に入り、何ヶ月も待って抽選を勝ち取り、手に入れて2年がたつが1万キロも乗っていないではないか。

手に入れた途端に興味がなくなるな気がしている。あるのは虚しさだけ。

 

じゃあ、何を持って幸せと言うのだろうか。自分に問う。

妻が嫌いなわけじゃない。子供が可愛くないわけじゃない。仕事が嫌いなわけじゃない。

不満があるわけじゃない。外から見たら幸せに見えているのかもしれない。

 

でも、僕の心はいつも空っぽで何もない。何もないのだ。あるのは虚しさだけ。あとは黒縁のメガネだけ。それだけ。

 

そんな事を考えていたら、あっという間に宝くじ売り場に着いた。

何枚買うかも決めていなかったので「連番、ひと組」と3,000円分を買った。

 

夢を買ったのだ。虚しい夢を。

 

先ほどの見えていた曇り空は高く晴れて、それは今の僕には切なすぎた。

何だか全てがどうでも良くなった。

 

その足で中華料理屋に入り、油ギトギト、コテコテのエビチリ定食をご飯大盛りでガッツリ食べた。食べてやった。

血糖値がなんだって言うんだ。クソ喰らえ、だ。

お腹は満たされた。しかし心はどうだ。変わらない。空っぽで何もない。あるのは虚しさだけ。

 

そのまま家に帰りたくない気分だった。いく当てもなく、只、車を走らせた。

此処から出来るだけ遠くに行きたかった。此処が何処かも分からないのに。

カーラジオからワムのラストクリスマスが流れてくる。

 

Last Christmas 

I give you my heart 

But the very next day you’ve it away.

 

 

 

(続、けるのか?終わった方がいいと思うが)

...IN HEAVEN...

僕が高校生の頃かな。うん、高校二年生。

一つ下の後輩に借りたCDがBUCK-TICKSEVENTH HEAVEN』だった。

「ラーラララ、ララララララ」

何じゃ、こりゃ。ピコピコな電子音ワルツって。ちょっと面食らったのを覚えてる。

そして2曲目『...IN HEAVEN...』の印象的なギターリフと櫻井敦司の存在感に女子でもないのにときめいたものだ。キャーって。でもその曲くらいかな、引っかかったのは。

所詮BOOWYの弟分でしょ、『PHYSICAL NEUROSE』なんか、まさに初期のBOOWYだったし。(それでもデビューアルバムまで遡って聞いたけど)

 

問題は次作『TABOO』からですよ。

初っ端から僕の大好きな『ICONOCLASM』

 

そして今井さん謹慎あけ復帰作『惡の華

やっぱり一曲目!『National Media Boys』


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もうこの頃には音楽雑誌から櫻井敦司が影響を受けたボードレールに手を出し、

太宰治に手を出し、生まれて、すみません。などと引き篭もったり、引き篭もらなかったりで

もう少しであちらに行ってしまうとこだったわ。

そんなこんなで社会人になり、無茶なローンでミッドシップスポーツカーのMR2を買ってそのオーディオで一番聞いていたのはやはり・・・

 

次のアルバム『狂った太陽』の一曲目!『スピード』

もう、誰も止められないよね。ヤバいけどPOP。

 

これも好き。『MY FUNNY VALENTAINE』

 

 

でも、ここでなぜか佐野元春に行くんですよね。

スタイルカウンシルとか、そんなお洒落な感じに惹かれた時期ですね。

その後もニルヴァーナとか、オアシス、ブラー、そしてレディオヘッドへと洋楽にはまっていくのですが。もちろん『殺しの調べ』も『darker than daekness』も買ってはいましたが、ちょっと重苦しくて『Six/ Nine』の1曲目のポエトリーリーディングで脱落しました。

 

だから、ずっと応援していたファンの方からしたら、もう全然比較にならないとは思うのですが、それでもあっちゃんが(脳幹出血のため死去)のニュースを見たときには「嘘だろ」って声が出ちゃったし、ザワザワして、不意に涙が溢れてくるし・・・

 

僕の、本当にロクデモナイ青春の何ページかが風に飛ばされてしまったような虚しさを覚えるのです。57歳ですよ。それもあの美貌で逝ってしまうなんて。

勝手に美輪明宏さんのように美しく年をとってゆくものとばかり思っていたものですから。

 

ここ数日、何度も、何度も、バクチク現象のど真ん中を撃ち抜かれた様を綴れればとは思っていたのですが、まだ立ち直っていないみたい。ずっとPV見ちゃうし。


 

 

聞いていないアルバムも、聞いていないライブ映像も、これから聞いてみようと思います。

櫻井敦司は声を残してくれている。僕の中に、変わらずに、美しく。

 

失恋キリン(短編小説)

「でも、〇〇はひとみちゃんの事、好きだったんだよね。」

 

コロナ禍が明け、久しぶりの同窓会だった。それを主催したKが斜向かいから僕に言った。

「なんでそういうこ事になってんのよ。」僕は飲めないビールをごくりと飲んだ。

「だって、美術の時間にひとみちゃんの事、すごく綺麗に描いたじゃない?」

ひとみは僕の隣で「えー、そうなの?言ってよー。」とKと一緒に僕をからかった。

 

 

13歳、中学二年生。

 

クラス替えがあり、僕とひとみは席が隣同士になった。

ひとみを異性としてみた事はなかった。もっと好きな子がその当時はいた、と思う。

 

ひとみは肌が白く、華奢で、僕にはそれが弱々しく病弱にさえ見えた。

こんな感じの品のいいお婆ちゃんいるよな、などと思っていたくらいだ。

だからだろうか、異性としてではなく、友達として、昨日見たテレビの話とか、部活でのあれやこれや、社会の先生が不潔だとか、しょうもない話で休み時間は盛り上がっていた。

そういう意味では、確かに仲は良かったと思う。

 

クラス替えがあってから何回目かの美術の授業だったと思う。

席が隣同士、それぞれを(僕がひとみを、ひとみは僕を)デッサンする課題が出された。

 

僕は、昔から絵を描くのは得意だったし(小学校の担任の先生が美術の先生で、僕だけデッサンの基本を教えてもらった)美術の先生含めて、みんなを驚かせてやろう、とその時は純粋にそう思っただけだった。2Bの鉛筆で、頭の大きさや首の長さ、肩幅、肩から腕、と大まかな当たりをつけ、鉛筆での細かいタッチを重ね、濃淡をつけていった。光が当たっている所、影になっている所、それを像として捉える事に集中した。校舎の窓から差し込む光が彼女の白い肌を尚の事白く引き立たせた。僕はハイライトの部分を消しゴムで消してゆく。自分の絵を客観的に見て、彼女はフランス人形の様だな、とも思った。

 

デッサンの形が見えてくる頃になると、僕のスケッチブックを覗き込んだ友達が「〇〇、めちゃくちゃ上手いな。」と大声で言った。その一言でクラスのみんなが代わる代わる僕の絵を覗きに来た。美術の先生も「習ってたの?」と問いかけてきて、ちょっとした優越感を覚えたものだ。

 

その日の放課後、教科書をカバンに詰めているとクラスの女子数名に囲まれた。

「〇〇くん、ひとみちゃんの事好きなんでしょう?あんなに綺麗に描いたんだもの。」

「好きなんだー。」と冷やかされた。いや、そのままを描いただけだよと僕は言ったが、どう弁明しても聞く耳を持たない。(誰が誰を好きだ、とか誰と誰が付き合っているとか、そういう話が当時の女子は大好きなんだ)それが13歳なんだ。今になって思えば、しょうもないと片付ける所を、13歳の僕は許せなかったんだ。ちょっと呆れて、ひどく気分を害されて、逃げるように教室を出て行った記憶がある。

 

 

 

後日、僕は授業中に不注意で消しゴムを落としてしまったことがあった。

消しゴムはひとみの足元に転がり、それをひとみが拾って僕に手渡しした時だった。

席の後ろの方がざわついていて、僕らは(そういうふうに)見られている事に二人は嫌でも気付かされた。(推測ではあるが、僕が冷やかされた様に、ひとみも同じような事を言われたんだと思う)

僕とひとみは『その時』になって初めて、お互いを異性として意識した瞬間だったと思う。

僕とひとみは、それからというもの『普段どうりの事』が上手くできなくなってしまった。

普段どうり、というものが一体どういう物だったかさえ、思い出せないくらいに。

お互いに話すこともなくなり、休み時間は僕は一人で窓の外を眺める事が多くなった。

 

そんな時、

「〇〇君にお知らせがあります。ひとみちゃんは〇〇君の事、好きじゃないって。」

「首が長くて手足の細いキリンみたいな人、ひとみちゃんは好きじゃないって。」

 

僕は、キリンみたいな人らしい。

恋もしないで、失恋してしまったようだ。

 

僕は小学生の時に遠足で見た動物園にいるキリンを想像した。

長い首を持て余している、網の中のキリンを。

木の葉を口に積むんで、石臼の様にすり潰して、いつまでも口の中でくちゃくちゃしているキリンを。

すり潰した木の葉を、飲み込むタイミングを完全に忘れてしまったキリンを。

 

それは、好きか嫌いかでいうと、「嫌いじゃない」「けど、好きじゃない」そんな感じだろうか。

 

 

「来年、結婚することになってさ。」ひとみは僕だけに言った。

「おめでとう。何月?」「六月」「ジューンブライド」「そういうんじゃないけど」

 

アルコールが入って、頬を少しだけ赤く染めたひとみは綺麗だった。

 

バスクチーズケーキと初めての日(短編小説)

右耳の奥に水が入ったのか、詰まった様な感覚がある。違和感を覚えたのはいつからだろうか。綿棒で取ろうとしても、右耳を下にして水が抜けるのを待っても、一向に水の抜ける様子はない。それがずっと続いている。首を振るとガサゴソと音がした。

 

「中耳炎か何かなんじゃない?医者に診てもらったらどうかしら。」彼女はまるで他人事の様に(もちろん他人なのだが)そう言って、コーヒーカップをソーサーに音を立てない様に慎重に置き、メニューを見ながらもう一品デザートを頼もうか思考を巡らせている様だった。

「あなたは何でも気にしすぎるのよ。気にしすぎるのは何事にも良い方向ヘは転ばない。だったら迷わず医者に診て貰えばいい。そうでなければそういう物だと思って生活すればいい。」彼女はそう言うとウエイターを呼びとめ、バスクチーズケーキを注文した。

そういう物として、無意識化に置くべき、彼女の言葉は彼にはそう聞こえた。

程なく注文したバスクチーズケーキがテーブルに運ばれ、彼女はウエイターにありがとう、と言った。

「このケーキ美味しいわよ、少し食べる?ちょっとだけ頼みすぎたみたい。」

そういうと僕の返答も待たずに彼女は、僕の空いた皿に取り分けたケーキを乗せた。

甘いものをあまり口にしないのだが一口食べると表面の焼き目がほろ苦く、香ばしい。

「美味しい?」と彼女は言った。

「美味しい、とても。」僕は言った。

「でも」「でも?」

「耳の奥には水が入っている。」と僕は言った。

「耳の奥には水が入っている。けれど、とても美味しい。そうね。」彼女は笑った。

 

彼女とはこれが3回目のデートになる。今回は彼女のエスコートで洒落たレストランでの食事だった。僕はこの人と恋人になれたらいい、そう願っている。レストランを後にした時、「ねぇ、飲み直さない?うちに来る?」と彼女は言った。

「今日はやめておくよ。明日早いんだ。それに耳の奥には水が入っているからね。」と僕は言った。

 

僕は、彼女の部屋で一つになる事を望んでいた。しかし実際にはまだ早すぎる様な気がしていた。体目当てと思われたくないし、彼女を大切に思っている。恋人にしたい、そう強く願っている。

 

「明日の仕事に支障が出ない時間まででいいのよ。もう少しあなたと話したいの。」

彼女はそう言うと近くに止まっているタクシーまで僕の手を引き、運転手にアパートの住所を告げ、押し切られる様に彼女の部屋に向かった。タクシーの後部座席で彼女は何も言わず僕の右手に彼女の左手をそっと重ねてきた。思っていたよりもその手は温かく熱を持ち、少し湿り気を感じさせた。僕は、激しく動揺し、脈が速くなるのが自分でもわかったが冷静を装い、バイパス高架下から覗く駅前の夜景を眺めていた。しかし実際は何も見てはいなかった。彼女とセックスがしたい。ただ、それだけだった。

 

程なくタクシーが止まり、料金を出す出さないの悶着があったが(実際には彼女が全て払った)彼女のアパートの前についた。

 

2階建ての2階の真ん中、205号室。

彼女はバッグから鍵を取り出し、ガシャリと鍵を開け「散らかってるけど、ごめんね。」と言って僕を部屋にあげた。

 

彼女は、脱いで不揃いだった彼女の靴と僕の靴を二足、隣同士に並べて揃えた。

 

彼女の部屋は入ってすぐに小さなキッチンがあり、向かいに浴室とトイレ、奥がワンルームとなっていてテレビとテーブルがあり、ベッドがあった。小綺麗にはしているがどこか雑然としていて、男友達の部屋とさして変わらない部屋だった。ピンク色の遮光カーテンが唯一女性の部屋を感じさせる位だった。

 

「ビールでいいかな?」彼女は言った。

「ごめん、何かアルコールの入っていないものあるかな?」と僕は言った。

それから缶ビールとコーラで乾杯した。

ポテトチップをあけ、録画していたバラエティを見ながら、最近の彼女の職場での出来事(それは実にどうでもいい事だった)を缶ビールを空けるまで彼女は喋り続け僕はそれを聞き続けた。ひとしきり喋り終えると彼女はおもむろに「シャワーに入ってもいいかな。好きな番組見てていいよ。」と言った。

 

彼女の録画してある番組は主にドラマとバラエティが殆どで、さして興味を持てる番組はなかったが、一番上の番組を選び、眺めるでもなく眺めていた。

 

これから僕たちはセックスをするのだろうか。僕は硬くなったペニスを落ち着かせるようにテレビを眺めていたが何も情報が入ってこなかった。ただ演者が何かを言い、違う演者が何かを突っ込み、その一連の流れを見ている観客の笑い声が差し込まれている様な笑い声を発した。昔見たチャップリンの映画の様に、それはいつまでも繰り返された。

 

彼女はシャワーから上がるとピンクのパジャマに着替え、ドライヤーで髪を乾かしている。

「あなたもシャワー入れば?」さりげなく、しかしごく自然に彼女はそう言った。

 

そういえば右耳の奥の水が気にならない。

 

「あなたは何でも気にしすぎるのよ。気にしすぎるのは何事にも良い方向ヘは転ばない。だったら迷わず医者に診て貰えばいい。そうでなければそういう物だと思って生活すればいい。」彼女はそう言った。

 

僕は財布の中に潜めてた避妊具を取り出しなるようになれ、と心を決め浴室に向かった。

右耳に水が入らぬよう慎重にシャワーを浴びなければいけない。たとえ耳に水が入ったとしても、そう言うものだと思って、彼女を強く抱くのだ。右耳の奥がガサゴソと、音がなろうが、なるまいが、僕は彼女が好きで、彼女も僕を好きだと思う。多分。

 

 

私の好きな映画の話(テオ・アンゲロプロス『永遠と一日』)

お題「好きな監督の好きな映画作品を教えて!」


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キューブリック2001年宇宙の旅』で猿の投げた骨に脳天直撃を喰らい、ウディ・アレン神経症的な会話劇に夢中になるも『ギター弾きの恋』が一番好きだったり、ラッセ・ハルストレムマイライフ・アズ・ア・ドッグ』のような抱き締めたくなるような作品も好きだし、ヴィスコンティ『ベニスに死す』の退廃的であまりにも美しく切ない作品も好きだ。

 

でも、一本だけ、と言われば『永遠と一日』だろう。

BSか何かで何となく見ていた長回しの映像が出会いのきっかけ。

何だこれ?同じカメラで現在と過去を行ったり来たり。

全部が理解できるものではないが、このカメラワークに心踊らされた。

サブスクでもやっていないのでDVDを買うしかないのだが、もしこの予告で気になる方は是非DVDを手にしてみては。最近のドラマで『ハヤブサ消防団』でもこの長回しを使っていた。

多分、アンゲロプロスの影響ではないかな。違うかな?

 

とはいえ一年に何度も見ちゃうのは『Shall we ダンス?』なんだけど。


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もう少し最近の映画も見てみたいな、と最近つくづく思う。

今度、浅井リョウの『正欲』やるからみに行こうかしら。

 


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サニタリーボックス

はぁと、私は深いため息をついた。

そして便座の右前、私の足元にサニタリーボックスがあることをその時初めて知った。

なんとか高速道路のパーキングまで、と急いでトイレに駆け込んだ。そこまでは覚えている。

 

もしや、此処は女子トイレではなかろうか?

 

いや、近頃は男子トイレにも使用済み紙おむつや尿もれパッドの廃棄にサニタリーボックスを設置する場合も考えられる。

 

その時、小さな女の子の声を聞いた。

 

いやいや、小便器を確かに見た、と思う。

確信は持てない。もし女子トイレだったとしたら、もし女性に見つかったら、もし大きな声を出されたら。

脳裏に最悪の事態がよぎる。

 

「パパ、おしっこ終わったよ。」

「じゃぁ石鹸でおてて綺麗にしようね。」

 

嗚呼、助かった。此処は男子トイレで間違いない。

安堵した私は早速サニタリーボックスに汚れた下着を投げ入れた。