好き、嫌いは否めない

日記に嘘を混ぜ込んで、ショートショートを書いています。

失恋キリン(短編小説)

「でも、〇〇はひとみちゃんの事、好きだったんだよね。」

 

コロナ禍が明け、久しぶりの同窓会だった。それを主催したKが斜向かいから僕に言った。

「なんでそういうこ事になってんのよ。」僕は飲めないビールをごくりと飲んだ。

「だって、美術の時間にひとみちゃんの事、すごく綺麗に描いたじゃない?」

ひとみは僕の隣で「えー、そうなの?言ってよー。」とKと一緒に僕をからかった。

 

 

13歳、中学二年生。

 

クラス替えがあり、僕とひとみは席が隣同士になった。

ひとみを異性としてみた事はなかった。もっと好きな子がその当時はいた、と思う。

 

ひとみは肌が白く、華奢で、僕にはそれが弱々しく病弱にさえ見えた。

こんな感じの品のいいお婆ちゃんいるよな、などと思っていたくらいだ。

だからだろうか、異性としてではなく、友達として、昨日見たテレビの話とか、部活でのあれやこれや、社会の先生が不潔だとか、しょうもない話で休み時間は盛り上がっていた。

そういう意味では、確かに仲は良かったと思う。

 

クラス替えがあってから何回目かの美術の授業だったと思う。

席が隣同士、それぞれを(僕がひとみを、ひとみは僕を)デッサンする課題が出された。

 

僕は、昔から絵を描くのは得意だったし(小学校の担任の先生が美術の先生で、僕だけデッサンの基本を教えてもらった)美術の先生含めて、みんなを驚かせてやろう、とその時は純粋にそう思っただけだった。2Bの鉛筆で、頭の大きさや首の長さ、肩幅、肩から腕、と大まかな当たりをつけ、鉛筆での細かいタッチを重ね、濃淡をつけていった。光が当たっている所、影になっている所、それを像として捉える事に集中した。校舎の窓から差し込む光が彼女の白い肌を尚の事白く引き立たせた。僕はハイライトの部分を消しゴムで消してゆく。自分の絵を客観的に見て、彼女はフランス人形の様だな、とも思った。

 

デッサンの形が見えてくる頃になると、僕のスケッチブックを覗き込んだ友達が「〇〇、めちゃくちゃ上手いな。」と大声で言った。その一言でクラスのみんなが代わる代わる僕の絵を覗きに来た。美術の先生も「習ってたの?」と問いかけてきて、ちょっとした優越感を覚えたものだ。

 

その日の放課後、教科書をカバンに詰めているとクラスの女子数名に囲まれた。

「〇〇くん、ひとみちゃんの事好きなんでしょう?あんなに綺麗に描いたんだもの。」

「好きなんだー。」と冷やかされた。いや、そのままを描いただけだよと僕は言ったが、どう弁明しても聞く耳を持たない。(誰が誰を好きだ、とか誰と誰が付き合っているとか、そういう話が当時の女子は大好きなんだ)それが13歳なんだ。今になって思えば、しょうもないと片付ける所を、13歳の僕は許せなかったんだ。ちょっと呆れて、ひどく気分を害されて、逃げるように教室を出て行った記憶がある。

 

 

 

後日、僕は授業中に不注意で消しゴムを落としてしまったことがあった。

消しゴムはひとみの足元に転がり、それをひとみが拾って僕に手渡しした時だった。

席の後ろの方がざわついていて、僕らは(そういうふうに)見られている事に二人は嫌でも気付かされた。(推測ではあるが、僕が冷やかされた様に、ひとみも同じような事を言われたんだと思う)

僕とひとみは『その時』になって初めて、お互いを異性として意識した瞬間だったと思う。

僕とひとみは、それからというもの『普段どうりの事』が上手くできなくなってしまった。

普段どうり、というものが一体どういう物だったかさえ、思い出せないくらいに。

お互いに話すこともなくなり、休み時間は僕は一人で窓の外を眺める事が多くなった。

 

そんな時、

「〇〇君にお知らせがあります。ひとみちゃんは〇〇君の事、好きじゃないって。」

「首が長くて手足の細いキリンみたいな人、ひとみちゃんは好きじゃないって。」

 

僕は、キリンみたいな人らしい。

恋もしないで、失恋してしまったようだ。

 

僕は小学生の時に遠足で見た動物園にいるキリンを想像した。

長い首を持て余している、網の中のキリンを。

木の葉を口に積むんで、石臼の様にすり潰して、いつまでも口の中でくちゃくちゃしているキリンを。

すり潰した木の葉を、飲み込むタイミングを完全に忘れてしまったキリンを。

 

それは、好きか嫌いかでいうと、「嫌いじゃない」「けど、好きじゃない」そんな感じだろうか。

 

 

「来年、結婚することになってさ。」ひとみは僕だけに言った。

「おめでとう。何月?」「六月」「ジューンブライド」「そういうんじゃないけど」

 

アルコールが入って、頬を少しだけ赤く染めたひとみは綺麗だった。