好き、嫌いは否めない

日記に嘘を混ぜ込んで、ショートショートを書いています。

2022-09-01から1ヶ月間の記事一覧

健忘症のマトリョーシカ(ショートショート)

冷蔵庫を開いて、しばし考え、冷蔵庫を閉じる。あ、卵だ。冷蔵庫を開いて卵を取る。 何に使う卵だ、と考えていると、鍋を火にかけているのを忘れ、吹きこぼしてしまった。最近は人の名前が出てこないし、あんなに歌っていた曲のサビを忘れてしまう。 ここは…

ハウローワーク(ショートショート)

「此方にご住所を、此方にはフルネームでお名前を、其処に実印をお願いします。」 今日ほど住所と名前、そしてハンコを押した日はなかった。家のローンを組んだ時の倍はハンコを押したと思う。住所と名前の書きすぎで手首が少しだけ痛くなった。 「これで書…

松村(ショートショート)

色々とご教示頂き有難うございます。 松村 休日は仕事の事を一切考えない様に携帯の電源を切るのだが、一通、ショートメールの受信があった。 この、松村なる人を私は知らない。ご教示を私が? 誰かと間違えてるのか? 翌る日、3回目の新型コロナワクチン接…

伝言(ショートショート)

それは脅迫そのものだった。 「修理の日時が遅いからその間使えるものを貸せ、或いは返品を受けろ。」 壊れたからといって2年も使った物を返品なんて無理な相談だ。あ、そうだ! トゥルルル・・・トゥルルル・・・ 「修理の日時が遅いからその間使えるもの…

365日(ショートショート)

朝 早い時間に家を出て仕事に向かい 昼 弁当を掻き込み休む暇も取らず 午後 また仕事に精を出して 帰路にふと 幸せについて考えてみた。 幸せは歩いてこない だから歩いてゆくんだね チータがそう言ってる 汗かき べそかき歩いてりゃ 私も幸せになれますか …

スウィートペイン(ショートショート)

右肩が痛い。ライトショルダーペイン。 アイムエニタイムライトショルダーペイン。バットアイムノット50ショルダー。 気温の変化のせいかもしれない。 雨のせいかもしれない。 寝違えたのかもしれない。 色々な可能性がある。再考。 良い知らせかもしれな…

彼岸花咲く頃(ショートショート)

年越しは何年も実家には戻らなかった。 不便に感じていたのか、母は何も用事がないなら帰ってきなさい、と言ってくれた。 戻らなかったのは、父と上手くいかなかったからだ。度々衝突し、私は父を拒絶した。 久しぶりに帰った実家は玄関でさえよそよそしく、…

君に会いに行くよ(ショートショート)

「なんか、星のラブレターのイメージなんですよ。」昨日、最終出社日となる彼女がそう言った。確かに一緒にカラオケに行った事はあるけど、その歌を数十年と歌っていない気がして意外だった。僕はTHE・BOOMの、星のラブレターの人らしい。 今日は往復二百キ…

工作の時間(ショートショート)

マニュアル通りに作ったのに、それに自分の色を加えて欲しいと先生は言った。 森君の作った工作がこんなに作り込んでいる。だから今度は森君のように作ってみよう、と新しいマニュアルがくる。 工作などに自分の色を入れるほど安くはないし、そこには根本的…

ある視点(ショートショート)

生きててよかった。死んだ魚は食べられるんだって。新幹線に乗って、死んだ魚は運ばれて、炙られたり、飾り包丁を入れられたり、食べられる身にもなってやれよ。 壁や床や、そこかしこを黄色や紫のペンキで塗りまわり、ベロを出しているポップアートの巨匠は…

チョイス(ショートショート)

マイホームの引き渡しが終わり、せっかくだからと家電を新しい物に買い換えた。 65インチのテレビは私の唯一の希望だ。 予約しなくとも全ての番組を録れる録画機も購入した。妻の希望は乾燥まで全てお任せのドラム式洗濯機。そして妻が最後まで配色にこだ…

ただ重いだけの物(ショートショート)

「じゃあ、流しで。」と言うなり先輩は、梱包された、ただ重いだけの物を手渡してきた。 トラックの奥の方から、ただ重いだけの物を置いて荷室いっぱいにするらしい。 先輩は、言葉は優しいが、表情で苛立っているのが分かった。 「違う、そうじゃなくってさ…

ワンウェイジェネレーション(ショートショート)

「その件でしたら上長に相談してみますので、はい、お願いします。」 皆で昼食を取ろうと思っていたのだが、時間がおして、一人デスクでカップ麺を食べていた。その時に得意先からの電話が鳴り対応に追われた。ついてない。のびたカップ麺を啜る。食べられた…

変身(ショートショート)

天気予報は曇りだったが、雲の切れ間を縫って中秋の名月を見ることができた。 仕事帰りの車の中でそれを見る事ができたのは幸運だった。 ラジオでは月がテーマの曲が流れている。 営業職は向いてはいない。こなしてはいるが、向いてはいない。心が擦りきれて…

走れ!(ショートショート)

「ようい、スタート!」 号砲が鳴り響き、全校生徒が一斉に愛宕山を登っていく。往復3キロの、今でいうトレイルランだ。 我が小学校は休み時間に学校の目の前の山を駆け上がるという、不思議な時間があった。 坂道を全力で駆け上がり、頂の神社にタッチして…