好き、嫌いは否めない

日記に嘘を混ぜ込んで、ショートショートを書いています。

グッドルーザー

高校野球二回戦、花巻東とクラークの対戦を見ていたのだが、クラーク国際の新岡投手に目を奪われた。オーバースローからキレのあるスライダーを投げ、サイドから右打者インコースをえぐるシュートを投じ、アンダースローでタイミングを外す。プレートの幅を使ってのマウンド捌き、打者を欺くクレバーさ。

 

単打はあれど連打を許さず、花巻東は完全に攻めあぐねていた。

 

そして八回、クラークが花巻東の二番手ピッチャーの立ち上がりを攻め、ワンアウト1、3塁。と、その時、運命の悪戯か、大雨で試合は一時間半の中断となる。

 

豪雨の中、クラークのブラスバンド銀河鉄道999が演奏が甲子園を沸かせた。

「さぁ行くんだ。その顔を上げて」

 

試合後「最後は自分が打たれて、みんなに申し訳ない」嗚咽しながらインタビューに答える彼を見て、私は目頭が熱くなった。

 

負け犬には泣ける程の敗北さえなかった。 

 

 

 

最高の睡眠(ショートショート)

眠り方を忘れた。睡眠導入剤を五錠ほど飲み込み、スイッチを切る様に眠っていたのだが、薬を常用しすぎて即効性が薄れたのか、寝ようとベッドに入っても、いろんな雑念が浮かび、なかなか眠れない。睡眠の質の悪さからか体調がすこぶる悪い。朝起きると、もうすでにバッテリー残量がない携帯電話の様に疲れ果てていた。私は最高の睡眠を求め、あらゆる書籍を読みあさり、それを実践した。   

午後九時以降の食事をやめ、ぬるめのお風呂にゆっくりつかり、ストレッチをし、キャンドルに明かりを灯し、照明を落とし、胡坐をかき、瞼を軽く閉じ、あるがままの自分を受け入れ、灯りが揺れるのを感じ、マインドフルネスを実行した。寝室の温度は適温にし、森の香りを部屋中に満たし、ベッドに入り目を瞑った。私は、久しぶりに、本当に久しぶりに深く眠ったようだ。目覚まし時計が鳴っている。

あれ、今度は起き方を忘れたらしい。

 

主体的な男 -ZZ ver.-

人は常に主体的でなければいけない。

自分の身に何が起こるかではなく、それにどう反応するかが重要なのだ。

作用される側にいるのか。作用する側にいるのか、それが重要だ。

自分が主体的に変わっていくと、物の見え方も変わってくる。

外的要因を責めても何も変わらないし、何も変えられない。

 

だったら自分が変わればいい。

 

自分の行動全てに責任を持つ事だ。

信頼を得るには一日二日じゃ足りない。

長い年月を費やし、誠実に、相手を思いやり、本気で心の声を聞く事だ。

相手が何を望み、自分に何が出来るのかを考える事だ。

それが積み重なり、初めて相互依存となり、初めて相乗効果を発揮する

 

「あ、あの、定時なんで上がります。お疲れ様でした。」

「あ、うん。お疲れさん・・・なんて主体的な男だ。」

勝手にしやがれ(ショートショート)

経年変化という魔法の言葉にからきし弱く丈夫なカウハイドか、独特の光沢を放つホースハイドか、柔らかくエレガントなシープスキンか、それぞれに袖を通し、サイズはジャストか、ワンサイズ上か、鞣しの種類は赫赫然然、鏡の前で二時間ほど迷いに迷ってホースハイドを選んだ。革ジャンの話である。

 

「こちらの商品に限った事ではないのですが、世界事情の関係で入荷が未定となっております。それでもご注文されますか?」

 

もうこちらは買う気になっているというのに、なんて殿様商売、否、英国物だから王様商売か、予約を入れて首を長くして待つよ。

 

なにせ一生モノだからな。

世界に一つだけのエイジングを楽しむ。

棺桶に入るまでパンクに生きるのさ。

それから私は革ジャンにあうブーツを探し、それもいい塩梅にエイジングされ、いよいよ革ジャンがくる日を待っていた。

 

思えばあの日も雪が降っていた。仙台まで足を伸ばし契約書にサインした、あの日だ。

それから月日は流れ、私は定年を迎え、子供は巣立ち、いよいよ革ジャンを着れる年でもなくなってしまったのだけれど。

 

ねぇ君、雪が降っているよ。

 

「嗚呼、間に合った?じゃあこれを死装束の上から掛けてあげて。」

「お気持ちは分かりますが奥様、金属の入った衣類は火葬場には持ち込めません。」

「待ち望んでいた革ジャンの袖を一度も通さずに逝ってしまうだなんて。なんてパンクな人なの。ももクロしか聞かないくせに。」

「ねぇ、お母さん。パンクって何?」

「分からない。パンクは生き様だって。」

「じゃあ、これを遺影にしようよ。きっとお父さんも喜ぶと思うよ。」

 

スマートフォンを私に向け、パシャパシャと写真を撮っている我が家族。

それを俯瞰で眺める私。まさに勝手にしやがれ、だな。

 

みんな元気でいてくれよ。私の事は忘れても革ジャンの事は忘れないでおくれ。

ヤフオク出品すればプレミアがつくから。

そして、どうかアプリで頭巾だけは上手く外してくれよ。

 

というか革ジャン似合わないな、俺。

たわいもない話(ショートショート)

車両側面に沿って配置された横座席には、人生に疲れたサラリーマンと、人生を謳歌する恋人たちが座っていた。

僕はその向かいに座り、窓の外を見ていた。

恋人たちのたわいもない会話だけが、やけに耳障りに思えた。

 

電車は徐々に加速し、窓の外の街灯は後方に流されていった。

次の駅に着くと恋人たちは電車を降り、入れ違いで紺のスーツを身に纏った美しい女性が(こんなに席が空いているのに)何故か僕の隣に座った。サラリーマンの視線を感じた。僕は気にかけない振りをして、流れていく街灯を追いかけていた。

すると女性は、私の肩に頭を乗せ寝てしまった。

オーデコロンのいい香りがする。僕の体は硬直し、状況が飲み込めずにいた。

次の駅に着くと美しい女性は、何もなかったかの様に電車を降りていった。

オーデコロンの香りを残して。

 

サラリーマンは眠りにつき、僕は眠れず街灯を追いかけていた。

彼女(ショートショート)

「この人、誰?」

彼女は卒業アルバムの写真を指差して、そう言った。

 

小学校の集合写真に写るこの女、名前が思い出せない。身に覚えがない。

整った顔立ちだが、これといった特徴が無く、抽象的で、福笑いで取ってつけた様な、目があり、鼻があり、口があった。ただ不自然さだけが際立ち、子供らしさのかけらも無い、作り込まれた完全な笑顔であり、可愛げのない郵便局の窓口の様な笑顔だった。

野口英世を先生って言って尊敬してた人じゃない?猪苗代町から転校してきた人。」

教科書に載っている野口英世の写真は覚えているが、やはりこの女の事は何一つ思い出せない。

 

不思議に思い、彼女の方を見やる。

知らない顔が覗き込む様に私を見ていた。

「この人、誰?」

彼女は卒業アルバムの中の私を指差して、そう言った。

ノンフィクション(ショートショート)

テレビ台に収納してあった佐野元春ブルーレイディスクを探していると、不意に幼い頃の息子の映像を見つけた。

再生してみると季節はちょうど今頃、紅葉の安達太良山をロープウェイで登っている。

息子は、霧で幻想的な風景を何とか言葉にして伝えようとしている。

その横で優しく話しかけるのは、若かりし日の私だった。

 

映像は切り替わり、実家で息子が上半身裸になって柴犬と遊んでいる。

父は柴犬を捕まえ、ホースで水をかけ体を洗うと柴犬は嫌がり、それを見てケラケラと笑っている息子にも水をかけ、走り回って喜んでいる。柴犬はブルブルと体を揺すり犬小屋へと逃げ、息子は、何度も何度も、イヤイヤ言いながら水を掛けられに父の側まで行って、案の定水を掛けられ、はしゃいでいた。

 

父のこんな優しい顔を初めて見た気がする。私の息子を見る目と、何も変わらない。